2007年04月30日

『奥様は魔女』の二人のダーリン (2)

前回の続きで今日は二代目のダーリン、ディック・サージェントについてです。

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■二代目ダーリン、ディック・サージェントについて

1930年、4月19日生まれ、1994年7月8日逝去。

ディック・サージェントとエリザベス・モンゴメリーディック・サージェントはディック・ヨークと同じく芸名で、本名はリチャード・スタンフォード・コックスといいます。
身長187cm。二人のダーリンとも、すらっと高いですね〜!

『奥様は魔女』にはヨークが倒れてからの1969-1972年の間、84エピソードに出演。番組終了までダーリン役を務めました。
初代ダーリンの個性ある演技で、ファンの間にはすっかりヨークのダーリンのイメージが出来上がっていたため、当初役作りには相当苦労したそうです。
私は子供だったし、多分日本では同じ声優さんが吹き替えていたと思うので、外見の違い以外は全然気にならず楽しんでいましたが(笑)。

前回も書きましたが、ダーリン役は元々は彼にオファーされたもので、契約の関係上受けることができなかったのです。本来なら初代ダーリンのはずだったのですね。
ところで、ご存知の方も多いかと思いますが、ダーリンは英語の呼びかけの言葉のDarlingではなく、Darrinという名前です。
吹き替えだと「ダーリン」になってしまっていて分からないのですが、英語の方で聞くと、発音はあえてカタカナ書きしてみると、Rを利かせて「デアリン」みたいな感じです。個人名です。
実際のサマンサの夫への呼びかけでは、Sweet Heartを良く使っていたと記憶しています。

さて、この二代目ダーリンのサージェントですが、生涯ゲイでした。
今でこそ、同性愛者といっても、それがどうした〜?という感じのアメリカですが、やはりそこは60年代、70年代、当時はアメリカでもおいそれと口には出せなかったらしく、90年代になってカミングアウトするまで、必死でその事実を隠していました。もちろん、俳優としてのキャリアを考えてのことです。やっぱり大人気番組がゆえ、サマンサの夫がゲイでは世間が許さなかったのかもしれませんね。
世間とマスコミの目を欺く為に、これまた隠れレズビアンの女優と協力し、なんと結婚したふりをして、妻がいる、というアピールをしていました。大変だったんですね〜。
でもサージェントの実際のプライベートライフでは、20年以上も交際していた恋人がいたのです。1979年にその彼が脳内出血で亡くなるまで、ずっと付き合っていました。

1989年、彼は前立腺癌の宣告を受けます。この頃から、彼の病気に関してAIDSではないか、とマスコミが書きたて始めます。芸能人を追うマスコミったら本当にうるちゃいですね〜。
そのことがきっかけになり、ついに1991年、サージェントは自分自身が同性愛者であることを公に発表しました。そしてこの頃はさすが90年代、世論は彼を暖かくサポートします。それからのサージェントは、意欲的に同性愛者の権利獲得活動に貢献し、翌年の1992年にはロスでゲイパレードに参加します。このパレードには、『奥様は魔女』以来ずっと良い友人関係を続けている、エリザベス・モンゴメリー(サマンサ役)も彼をサポートする為に一緒に参加・活動しました。二人が一緒に公の場に現れたのはこれが最後になりました。
サージェントは1994年、前立腺癌で亡くなりました。ゲイであることを発表してからというもの、隠し事なく、オープンに自分に満足に毎日を過ごすことが出来たそうです。そして、亡くなるまでの数年は、当時のボーイフレンドで作家・プロデューサーのアルバート・ウィリアムズと幸せに暮らしていたということです。
ああ、今度は幸せな最期で良かった!ほっ。

懐かしの映像があったので、貼っておきますね。サージェントの出ているやつです。
エリザベス・モンゴメリーが二役をやっている、人気のエピソードだそうです。
それにしても、このスカート短すぎません?すごいな〜、昔って。

posted by りぃ at 16:55| サンフランシスコ ☀| Comment(1) | TrackBack(0) | 奥様は魔女 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年04月26日

『奥様は魔女』の二人のダーリン (1)

急にすご〜く古いのを調べてみたくなって、今日はこれです。
子供の頃、大好きだった『奥様は魔女』!これは今大人の人だったら見てない人いないですよね〜?!
もちろんオリジナルのアメリカでの放送は1964年の白黒放送から始まっていますので、ほとんどの皆さんが日本で再放送でご覧になったのではないかと思います。

当時を思い出して懐かしがりながら、色々調べていくと、やっぱり大昔のドラマなだけに、出演者はほとんどお亡くなりになっていました。なので、あの人は今・・・、といえば、皆さんお墓の中です(苦笑)。

全話がDVDになってセットで出てました!
ファーストシーズンだけ白黒だったのですが、なんと苦労の末、カラー化して発売だって。今では何でも出来るんですね(笑)
そのまま白黒でもいいような気がするんですが・・・

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初代ダーリンさて、今日は前から実はちょっと気になっていた、主役サマンサの旦那様役ダーリンをやった、二人の役者さんについて調べてみました。
子供ながらに途中でダーリンが変わったのには気付いていました。というか、あまりにも二人が似ているので、実はしばらく気付かなかったのですが、再放送をずっと見ていくうちに、あれれれれ???、と思うことが多くなり、「う〜ん、すっごく似てるけど、でもなんか違う人みたい」な〜んて、思いながら見ていたのです。体調不良で最初のダーリンが降板して違う人と交代になった、というのはずっと後から知った知識だと記憶しています。

最初のダーリンが、ディック・ヨーク(Dick York)で、二番目のダーリンがディック・サージェント(Dick Sargent)です。
偶然にも名前まで同じなんですね!ただ最初のディック・ヨークに関しては芸名で、本名はリチャード・ヨークといいます。
余談ですが、マイケルがマイク、ロバートがボブというように、ディックは古き時代はリチャードのニックネームの典型だったので、芸名がこのようになったのだと思われますが、ディックという言葉が昨今隠語として使われるようになってから、現代のアメリカでは子供にディックという名前を付ける人はほとんどいなくなっています。

二代目ダーリン二人がとてもよく似ているので、初代が降板した後に良く似ている俳優さんをうまく探したのかな〜、なんて勝手に思っていたのですが、実は二代目ダーリンのディック・サージェントが、元々ダーリン役をオファーされていたそうなんです。当時ユニバーサルスタジオと契約期間中であったサージェントは、契約違反になるため、『奥様は魔女』チームとの契約が出来ず、この役は仕方なく見送ったそう。
そして、ヨークが体調不良で降板した時にはしがらみのない身だったため、すんなり交代できたんだそうです。
当時、二人の交代に関しては事前に何の説明も行われず、ある日突然ドラマの中で変わっていて、視聴者を大変驚かせました。

二人のディックの実年齢は二歳違い。初代が二歳年上で、初代が二年早く亡くなっています。つまりふたりの人生の長さも同じで、初代は63歳(誕生日前だったので)、二代目は64歳で亡くなっているのです。
なんか運命を感じてしまいます。

■初代ダーリン、ディック・ヨークについて

墓石1928年9月4日生まれ。1992年2月20日逝去。
あの人は今・・・にふさわしく(?)、なんと墓石を見つけてしまいました。
ミシガン州のケントカウンティにお墓があるそうです。
身長185cm。

『奥様は魔女』(1964-1972)の全254エピソードのうち、 156エピソード(1964-1969)に出演しました。
They Came to Cordura(1959)という映画に出演した時に、撮影中の事故で背中をひどく損傷し、これが後々長年に渡ってヨークを苦しめます。
ヨークは背中の痛みを抱えたまま仕事をし続け、『奥様は魔女』に出演し始めてすぐにドラマは大ヒット、お茶の間の人気者になります。そして『奥様は魔女』の放送開始から5年、シーズン5の撮影中にセットの中で突然倒れ、そのまま病院に運ばれて、それが最後となりました。彼は脊椎を痛めていて、徐々に悪くなっていたのです。番組の関係者は彼の症状をよく知っていて、セットに使われていた彼が使う家具は全て特注の物だったそうです。そして倒れる直前は、他のキャストに手伝ってもらわないと、セットの中を歩けないほどまでに悪化していたそうです。

そんなにひどくなるまで働いていたなんて・・・今回彼に関しては調べていてショックなことがたくさんありました。正直、私たちを楽しませてくれた初代ダーリンをやった役者さんの悲しい最期に、胸がつまりました。

この後彼は体を治すべく治療に専念しますが、背中の痛みや薬と戦い続け、病状は更に悪化し、体重は150ポンド(約68キロ!)も増え、歯がほとんど無くなってしまいました。
収入は全くなくなり、唯一所有していたアパートに妻のジョアンと共に住みがんばっていたのですが、ついにはそのアパートも失い、文字通り飢餓と貧困に苦しんだのです。一時期は生活保護を受けてやっと何とか暮らしていたそうです。
その後体重を何とか元に戻し、1983年に一度、また1984年に一度だけ、テレビドラマの一エピソードにゲスト出演します。その二つが俳優としての最後の仕事でした。
亡くなるまでの約5年間は肺気腫と診断され、あらたな病気に苦しみます。そして背中はほとんど使い物にならなくなり、寝たきりの生活を余儀なくされす。
そんな中、彼が始めたのが、Acting for Lifeという名前のホームレスを救う為の募金を集めるチャリティーでした。寝たきりでも電話一本で出来ることがある、とミシガン州の小さな家から、政治家、有名人、一般人に電話をかけ募金を募ったそうです。自分と同じような人生を誰にも歩んでほしくない、と語っていました。
死ぬ間際まで、チャリティーに全力を注いでいたということです。

初代ダーリンとサマンサなんだか腹立たしくなってきませんか?一時期はトップスターで、皆に好かれて、たくさんの笑いを届けてくれた才能のある人が、どうしてここまで苦しまなくてはならなかったのでしょうか?
思った通り、そう感じたのは私だけではなく、『奥様は魔女』ファンによるディック・ヨークについての掲示板(英語)がたくさんあって、そこで色々討議されていました。
やっぱりファンにとっては、ダーリンはこの初代のダーリンしかいないという意見が多かったです。
そして何よりも問題なのが、当時のハリウッドの冷たさ。使えなくなった俳優は、くしゃくしゃぽ〜いでゴミ箱行きです。今でこそ、ロイヤリティーがしっかりしていて、今どんなに売れていない俳優でも、再放送で自分の出た番組が放送されれば、いくらかのお金が入ってくるようになっていますが、おそらくこの時代の俳優さんたちは、そういった権利もほとんど持っていなかったのでは・・・

1992年、ミシガンの自宅にて。亡くなる直前のヨーク。それから正直あまり書きたくないのですが、主役サマンサをやったエリザベス・モンゴメリーとの確執。これは当時ダーリン役が交替した直後、日本でもアメリカでも噂になったそうですが(私は知りませんでしたが)、確執があったかなかったかという真実は分からないにしても、番組を去った後にヨークからの電話には一切出ないとか、後に二代目ダーリンのサージェントが困難に陥った時には表立ってエリザベス自ら率先してサポートした、という事実だけを見ると、なんだかまた悲しくなってしまうのです。
特に5年も一緒に働いて、大成功させた番組ですが、エリザベスはヨークの貢献度は全く評価していなかったようです。

掲示板にはヨークのファミリーを救おう!とか、作ったチャリティー団体はどうなったのか?等、書き込みは延々と続いていました。

チャリティー活動に関して「ハリウッドで出来たであろうことの何倍ものことを、この椅子の上で僕は成し遂げた」と後に誇らしげにヨークが語っているのがせめてもの救いです。

なんか暗くなっちゃいましたね!長くなったので、二人目のダーリンについてはまた次回・・・

〜〜続く〜〜

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posted by りぃ at 18:52| サンフランシスコ ☀| Comment(1) | 奥様は魔女 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年04月18日

ワーキングガールはメラニー・グリフィスだったのね

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4 「生活感」があり、ひと味違うサクセス・ストーリー。

私の大好きな映画の一つに「ワーキング・ガール」があります。1988年公開なんだけど、実は映画館では見ていなくて、ずっと後になってビデオ借りて(ビデオの時代よ!笑)見たんだけど、すごく良かった〜。働く女性にはとても気持ちの良い、働く女性のサクセスストーリーです。

根強い人気のジュリア・ロバーツの「プリティ・ウーマン」も典型的なシンデレラストーリーだけど、あまりにも自分とかけ離れた世界なので、見た後は現実にすぐ戻される(笑)。でもこのワーキング・ガールは、仕事する気がムクムク湧いてくるんですよね。
そしてワーキング・ガールといえばなんといってもこの曲!Let the river run〜。オフィスでモチベーションアップの為によくかけてました。でも私のオフィスには窓がなかったので、いまいちでしたが・・・(悲)。
ちょっと聞いてみてください。懐かしの映画のシーンも現れますよ。



ねっ、懐かしいでしょ〜?!
えっ?ドラマの「HOTEL」が頭に浮かんで、高嶋政伸が「姉さん」と言ってるのが浮かんだって?実は私もです!!(笑)。
ホテル「プラトン」の熱血ホテルマン・赤川一平ね。あのドラマも良かったよね〜。お客様が何か失くし物をする度に、ベルからフロントからハウスキーピングまで、あらゆる部署の人が一斉に持ち場を離れて一生懸命探したりするんですよね(爆)。ホテルに勤めている友人が、「あんなことあり得ない!」といつもぼやいていました。

夫アントニオとメラニー、2007年2月撮影おっと話が思い切りそれました。すみません!

今日はメラニー・グリフィスです。
実は私、お恥ずかしいながら今回調べるまで、ワーキングガールに出ていたのが彼女だとは全然知りませんでした。というか、メラニー・グリフィス自体、名前はよく聞くけど誰なのかよく分かっていなかった(汗)。

大好きな映画だけど、すぐ頭に浮かぶのはシガニー・ウィーバーやハリソン・フォードで、あのメインの女性は誰だったんだろう・・・?とふと思ったのが、今回書こうと思ったきっかけです。

この方はアントニオ・バンデラスの奥様なんですね!
ていうか結婚歴がすごい。

メラニー・グリフィスの配偶者達はこんな感じです。

アントニオ・バンデラス(5/14/1996-現在)子供一人
ドン・ジョンソン(6/26/1989-2/1996)子供一人
スティーブン・バウアー (9/8/1981 - 1987) 子供一人
ドン・ジョンソン (1/8/1976 - 7/1976)

つまり3人の人と合計4回結婚していて、最初の夫のドン・ジョンソンとは一度離婚して、もう一回結婚して、また離婚しています。
それぞれ3人の夫と一人ずつお子さんをもうけています。
ドン・ジョンソンは80年代に放送された『特捜刑事マイアミバイス』の主役をやった人ですよ。まあ、好みがあるとは思いますが、3人とも俳優さんでイケメンの方々です。

さて、今の彼女ですが、悲しいことに映画やテレビの出演オファーが完全に枯れてしまった、とあちこちで表現されていました。というのも、10代でモデルからスタートした彼女なんですが、かなり若い頃からドラッグとアルコールに依存していて、その中毒で何度も築きかけていた女優のキャリアをぶち壊したのです。

ワーキングガールの時のメラニー二回目の結婚相手のスティーブン・バウアーは、彼女の更正に力を注ぎ、その為一時期薬やアルコールから離れることができた彼女の仕事は、テレビばかりだったのがまた映画の方へ向き始めました。メラニーは元々才能のある人らしく、そのパフォーマンスは色々なところで評価されていました。
そしてワーキング・ガールでのスカイヒットです。これでゴールデングローブ賞を獲得し、逃しはしましたがオスカーにもノミネートされていました。

が・・・ここでまた薬物中毒でキャリアが振り出しに戻ります。うーむ・・・。薬やアルコールってハリウッドでは日常茶飯事なのかもしれませんが、極端に依存していると、ディレクター達はその役者は使いたがらないそうです。まー、当たり前ですね。

ワーキング・ガールの監督であったマイク・ニコルズは、彼女にリハビリセンターに入るように強くすすめます。そして、すっかりリハビリで回復した彼女は、今度は運が悪く、良い作品にめぐまれず低迷の時を過ごします。
そして1994年のノーバディーズ・フールで再びキャリアが上昇に向かいます。ノーバディーズ・フールは私は見たことはないのですが、こちらでも日本でも評価された作品だそうですね。
そして、後に共演がきっかけでアントニオ・バンデラスと結婚しますが、お互いに配偶者と離婚しての結婚だったので、ドロドロのスキャンダルになります。
その後、テレビ映画に出たりして、そこそこのレビューを得られるようになったところで、またまたドラッグの依存症になります(溜息〜)。今回はマシュー・ペリーがはまったのと同じような鎮痛剤だそうです。繰り返しますね〜!
夫のアントニオが監督する作品に出たりして、がんばりますが、もう評価は得られず、特に98年に撮影したテレビシリーズはついにオンエアされることもなくお蔵入り。ここで、わざわざ彼女を使いたい、と思うフィルムメーカーはほとんどいなくなったそうです。

スクリーンから遠ざかってしまった彼女は、2003年からブロードウェイの舞台で働き始めました。今までに歌ったこともなければ、踊ったこともない彼女だったのですが、そこはほれ、やっぱり才能の人。またまたそのパフォーマンスが高く評価されたのです。
もーお、もったいない!薬やアルコールさえ完璧に断ちきれれば、トップ女優なのに。
2005年にはもう一度テレビに出て、華麗な演技を見せ、視聴者を驚かせます。
現在は仕事の方は相変わらずですが、夫と二人でチャリティー活動に力を入れているそうです。
年下でセクシー俳優夫のアントニオ・バンデラスとは今もラブラブですが、彼が有名女優と共演するたびに極端に心配して精神不安定な状態になり、海外でも撮影場所の近くに滞在して見張ったりするなどして、タブロイド誌のいいネタにされています。
華やかなセレブの世界も大変ですよね〜(←庶民の声)

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posted by りぃ at 18:42| サンフランシスコ ☀| Comment(4) | TrackBack(0) | M | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年04月12日

恋人に宇宙食を作ったマーサ・スチュワート

ブログ、サボりすぎですね!(反省)毎日見に来てくださってた皆さん、ゴメンナサイ。
なんかこう、最近疲れ気味で夜に昼寝(?)する癖がついてしまって、起きたら深夜で頭がぼーーって感じでそのまますぐ寝れば良いのに、テレビ見ちゃったりしてました。週末はまたサンフランシスコで遊んでいたし。

2006年撮影、若いよね!そんなことはいいとして、今日はマーサ・スチュワート!
何で彼女かというと、昨日のニュースでアナウンスがあったのですが、縮小して最低限の物しか表示されていなかった彼女のホームページがリニューアルして昔のように蘇ったそうなのですよ。生活のインフォメーションポータルだそうです。

マーサ・スチュワートはインサイダー取引で有罪になった後、二年前に服役の刑期を終えてから仕事を再開しています。
彼女の会社名はマーサ・スチュワートリビング オムニメディア インクというのですが、逮捕後に役員を引退し、当時は皆でこの会社どうなるんだろうね〜、なんて話していました。だって社名になっている人物だから、マツモトキヨシが逮捕されたようなもんですよね(???)。
社名がマーサ・スチュワート、商品がマーサ・スチュワート、個人の名前がブランド名になっているわけです。

まあ、色々ありましたが、天下のマーサ・スチュワートは難なく復活していますよ。昔のようにテレビのレギュラー番組もあるし、本もバンバン出しているし、家具やら本物の家(!)やら、商品の幅もとどまるところを知りません。日本では「カリスマ主婦」と呼ばれていたそうですが、こちらでのイメージに主婦はなく、やっぱり彼女は実業家です。
株をやっちゃいけないとか、今後5年間会社の代表をしてはいけないとか、判決により色々規則は設けられているものの、本来のビジネス手腕を生かして現在は順調にビジネスを展開しています。現在の会社のCEOはあくまでも繋ぎの人物であって、マーサがあくまでも実力者、彼女が70歳になって晴れて規制がとけた時点でまたCEOに返り咲くであろうという専らの噂です。

マーサが今一番力を入れているのが今回リニューアルした彼女のホームページ。今後はオンラインリーダーを目指すそうで、ホームページが生まれ変わってから会社の株も上昇、とても順調で、2010年までには会社の売り上げの20%をオンラインから得たいというゴールがあるそうです。

さてさて、1941年8月生まれで現在65歳のマーサ・スチュワートには、チャールズ・シモニーという億万長者の恋人がいます。65歳で億万長者のボーイフレンドって、いかにもマーサですよね!!すご〜い。
マーサは一度結婚していますが、29年連れ添った後、1990年に離婚しています。
このチャールズ・シモニーはどんな人かというと、皆さんもきっと会社で使っている、Microsoft WordとExcelを開発した人なんですよ!そう、この人は元マイクロソフトのエンジニアです。そして、この人が今どこにいるかというと・・・・・


宇宙!


そうです、今まで観光(?)で宇宙に行ったことのあるのは全世界でたったの5人なんですが、シモニー氏はこの5人目の宇宙観光客なのです。
この宇宙観光のチケット代はなんと26ミリオンダラー、日本円にして30億円くらいです。贅沢だな〜。
7日の夜に、ロシアの宇宙船ソユーズで国際宇宙ステーション(ISS)に出発したシモニー氏は、現在宇宙旅行中。
10日未明にはISSに無事ドッキングしてそちらへ移動。先に滞在中の宇宙飛行士三人と合流しました。この模様は宇宙管制センターにカメラで送られたのですが、マーサはしっかり宇宙管制センターで映像を見守り、拍手を送ったそうです。
そしてこのシモニー氏は、マーサが心をこめて作った特別宇宙食を持って旅立っていて、ロシアの宇宙飛行士デー(なんてのがあるんですね)の12日に、ISSのクルー達に振舞うそうです。

さすがマーサ!宇宙食も作っちゃうなんて〜。ちなみにメニューは6品からなるコース料理で、うずらのローストとか鴨の胸肉のコンフィットとか、宇宙食とは思えない(?)本格派。ライスプディングも書いてありました。
う〜ん、お腹すいた!(笑)

これはワタシの超おすすめの本!
絶頂期に服役した体験を契機に著した、未来を夢見るビジネスパーソン達に贈る10の黄金ルール。
読むだけで元気が出てきて、学べることがいっぱいの本です。
マーサの成功ルール
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おすすめ度の平均: 5.0
4 やっぱりおもてなしといえばこの人!!
5 転んでもタダでは起きてはいけない
5 マーサ・スチュワートをどう思うか?


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