2007年02月15日

親指砕けたイケメンのジョシュ・ルーカス Joshu Lucas

いらっしゃいませ、ア〜ンド、皆さん来てくれてありがとう!!!
去年始めてほったらかし気味だったこのブログ、がんばって更新しようと思い始めたのが数日前・・・
人気ブログランキングに参加してたけど、更新してなかったのでずっと圏外。
でもこの数日毎日更新したら、昨日から順位が付きはじめて335位に初登場。で、今さっき見たら249位でUPマークが付いていた!!!
ということは誰かが読んで、私のブログを気に入ってクリックしてくれているということですね〜!
読者がいると実感できてうれしい〜。わーい、はりきって更新しなくてはっとモチベーションアップです、ハイ!
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かっこいいいいいい!さて、今日は私の大好きなジョシュ・ルーカスです!
って言ってもどのくらいの人が知っているだろう・・・ジョージ・ルーカスじゃないですよ、ジョシュ・ルーカス!(笑)
もうめちゃかっこいいんだからっ!!!

映画メラニーは行く! でメラニーの夫役をやった、すんごくカッコイイ俳優さんです。
私はリース・ウィザースプーンが大好きなので、彼女の出ている作品はほとんど全てDVDを持っているんですが、このメラニーは行く! のDVDの中でディレクターのメイキングオブなコメントがあって、ジョシュの顔のアップのシーンを業界で異例のセリフなしで何分だかにして(すみません、何分だか忘れましたが、とにかく長いの!)十分耐えられるハンサムな顔だと言っておりました。何分だっけな〜、DVDかけるの面倒くさいから、今度見たときに覚えていたらアップしますね。
そのシーンはね、メラニーの夫ジェイク(ジョシュ)が事業で成功して、彼の営む店舗にメラニーが偶然足を踏み入れて再会した時の顔のシーン。
もーーーーーお、うっとり!何回も見てキャーキャー言ってたので、旦那が焼きもちやいたくらい。私こういう顔が大好き〜。普段男性をセクシーと思うことはほとんどないんだけど、この人はほんと、セクシー。旦那ゴメンよ(笑)。
でもさ、「メラニーは行く!」の中での顔と髪型と髪の色が好きなんだけど、ジョシュの最近の写真を見ると、ちょこっとおじさんはいってきていてショック。まー、1971年生まれの35歳だからそんなもんかも。

「メラニーは行く!」はこっちではSweet Home Alabamaというタイトルで、大ヒットしました。
カリスマデザイナーのメラニーが、NY市長の息子にプロポーズされて、実は別居中の夫がいた彼女はなんとしても離婚してもらうために故郷のアラバマに向かうというラブコメディ。
メラニーは行く! 特別版
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3 未公開シーンは考えて載せましょう。
4 もう一度、ちょっと違った視点で…


この映画でファンにはなったのだけど、実は大して彼のことを知らなかったので、今回調べてみました。
かなり痛いトリヴィアが満載でしたよ。

公式サイト:http://www.joshlucas.com/
リニューアル中だそうで、彼の直筆と思われるメッセージが出てました。

子供の頃にジョシュの両親は原発反対運動を仕切っていた経緯から、彼の身の安全を考えて13歳になるまでになんと30回も引越しをした。

アーカンソーにあるインディアン特別保留地で生まれる。あまりにも安産だったため、彼を取り上げた医者がベッドの支柱にジョシュの頭をぶつけてへこませた。そのことから両親は彼をJoshua Lucas Easy Dent Maurer(本名)と名づける。(信じられない!!!!)
注:英語でEasyはご存知の通り「簡単な」、Dentは「へこみ」。簡単に頭がへこんだからって子供にそんな名前を付けるとは・・・(汗)

映画ポセイドン(2006)の撮影中に、二回も入院するほどの大怪我をする。共演のカート・ラッセルが誤って懐中電灯でジョシュの右目を強打。これによって16針縫う怪我。
撮影最終日の前日に約20フィート(6メートル)の高さから落ち、親指の靭帯と筋肉損傷。これによって5時間にも及ぶ手術をして二ヶ月以上ギブスをはめる羽目になる。今もこの親指に関しては元のように動かせるようになるためのリハビリ中である。

自身のプロダクション、2 Bridges Productionsの設立を発表(2006)。

現在の彼はUntitled Kip Williams Project(スリラー・サスペンス系)という映画の撮影中です。

さて、最後にYoutubeで見つけたジョシュの映像です。
ポセイドン撮影中の怪我のエピソードなんかを語ってます。
かっこい〜い!(←しつこい?笑)


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posted by りぃ at 19:34| サンフランシスコ ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | J | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月21日

ジャッジ・ラインホールド Judge Reinhold ビバリーヒルズコップ

ローズウッド刑事 覚えてる?映画「ビバリーヒルズ・コップ」シリーズに名脇役として出ていた、ジャッジ・ラインホールドです。
甘〜いマスクのハンサム君なので、仲良しの友達と一緒に当時密かにファンでした。主役エディ・マーフィーのお供をする、お間抜けで、お人好しの警官役です。弱虫君として登場しましたが、シリーズを追うごとにどんどん男っぽく変わっていきましたよね。最初のビバリーヒルズ・コップが1984年で、この時に一躍有名になります。ついで1987年にビバリーヒルズ・コップ2、1994年にビバリーヒルズ・コップ3でシリーズは終わります。
これ以外に日本でもまあ知られているのがベッド・ミドラーとダニー・デビートの出ている「殺したい女」の人の良い誘拐犯役です。これが1986年なので、今も現役ではありますが、黄金期は80年代の俳優さんです。1957年生まれの彼は現在49歳です。
「ビバリーヒルズ・コップ」シリーズが終わる頃からは、残念ながら俳優としてのキャリアは下降線を辿り、主にB級映画の脇役とテレビ番組で活動されています。
当時の写真(右)と2002年に撮影された写真(左)です。やっぱり、当たり前ですがおじちゃんになっていますね(苦笑)。
クリックで拡大 クリックで拡大

1998年に日本車のスバルのTVコマーシャルに出ていた、貴重な映像を見つけましたので是非見てみてください。
そうそう、ここアメリカでは、CMで競合他社の名前や製品名を出したり、けなしたりは思い切りOKなんですが、雪道ではBMWよりスバルがいいとかなんとか言ってますね(笑)。ちょっぴり寂しい感じのCMに感じるのは私だけでしょうか・・・
スバルのコマーシャル


ここでジャッジ・ラインホールドにまつわるトリヴィアですが、90年代にすでに知名度下降線に入りかけた頃、日本でもおなじみの人気コメディのTV番組「となりのサインフェルド」にゲスト出演したことがあります。この番組は、新語、流行語を世に送り出すので有名なんですが、この時彼が演じた役の人物の人柄を表す言葉で、close talkerというフレーズが生まれました。
ジャッジ・ラインホールドの役は、ジェリーの悪友イレインの新しいボーイフレンド、アーロン役でした。このアーロン、close talkerと番組内で名づけられ、どんな人かというと、話をしている時に、少しずつ少しずつ寄ってくる人なんです(笑)。たまーにいませんか?そういう人。顔がだんだん近づいてきて、不自然なくらい側に寄ってくるので、居心地が悪くなり相手が無意識に後ずさりしたり・・・でもよけてもよけてもじわじわと話が進むにつれ近づいて来る人。う〜ん、こんな説明で分かるかな。
私、close walkerとも言うべき、歩くのでこういう人に会ったことがあります。「何でよ?!」っていうくらい、横に並んで歩いているのにじわじわ寄ってくる人。仕舞いには横の塀にぶち当たりそうになって、慌てて場所を交換したことが何度もあるんですが、別に本人は気付いていないようなんです。あっ、異性で言い寄ってきて近づいて来るとかではないんですよ。以前会社の同僚(女性)に一人いました。不思議です〜。癖なんでしょうかね。まあ、彼女は会社の立食パーティーで出ていた食事を持ち帰りたくて、餃子を直接洋服のポケットに入れたりして、他にも面食らうことをして笑わせてくれたので変わった人なんでしょう。
そんな私の元同僚の話はいいとして(笑)、ジャッジ・ラインホールドですが、この時のエピソードの演技でエミー賞にノミネートされました。アーロン自体の出番は多くなかったのですが、close talkerはこの番組から生まれた新語の中でもかなり人気の高いものなんです。

懐かしのビバリーヒルズ・コップ3の映像でジャッジ・ラインホールドの映っているのを見つけました。どんな人だったっけ?という方はこちらをご覧下さい。


すら〜っと背が高く、タキシードが似合って格好いいですよね。何であまり売れなくなっちゃったんだろう・・・

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2006年08月18日

ジェニファー・ビールス Jennifer Beals (アメリカ) Flashdance


今日は1983年に大ヒットした映画「フラッシュダンス」の主役、ジェニファー・ビールスについてです。アイリーン・キャラの例の曲、What a feeling.は私のカラオケレパートリーの定番の一つで、フラッシュダンスのアレックスのように椅子を使いながらその気になって気持ちよ〜く歌いますよ(笑)。この映画はもう一曲、マニアックもヒットさせましたよね。なんか頭にリピートしちゃう系の曲です。
今回ジェニファーについて調べていて始めて知ったのが、この映画は実話に基づいて作られたものだったことです。工事現場で働くブルーカラーワーカーで、女性にして本当に溶接工をしていて、アップスケールなダンス学校への入学を夢見ていた。この実在の女性、パラマウントに映画の権利を1982年の当時、2300ドルで売ったそうなんですが、なんと150ミリオン(1億5千万円)を越える世界での大ヒットになったんです。きっと後悔したのでしょうね〜。その後何度も映画権を求めて映画会社を訴えているのですが、今のところ敗訴に終わっています。ジェニファーと関係ないのでどうでもいいことなんですが、この人ジェニファー・ロペスのことも訴えていました。映画の中の踊りの振り付けを真似したとかで・・・

話を戻しますが(笑)、ジェニファーは1963年生まれで、今年の12月で43歳になります。大ヒットの映画の後、学生に戻って勉強したことは割と知られているんですが、天下のエール大学を卒業したそうです。才女ですね〜。
スクリーンではフラッシュダンスでしか知られていませんが、50本以上の映画に出演しているんですよ。
それで今何をしているかといいますと、こちらで2004年にスタートしたThe L Wordというテレビドラマにレギュラー出演しています。The L Wordはレズビアンやバイセクシャルについてのドラマで、ジェニファーはレズビアン役で出ています。私はサンフランシスコから車で一時間くらいのところに住んでいるんですが、今年2006年のSan Francisco Prideという名前のゲイパレードの際には、ジェニファーはセレブとして参加していました。
そして、今年の10月に公開予定のホラー映画、The Grudge 2にも出演しているそうです。
プライベートでは去年女の赤ちゃんが生まれました。ジェニファーは、子供のプライバシーを守るために、娘の名前は公表していません。それ以外に旦那さんの連れ子二人の継母でもあります。

これは現在のジェニファーの写真。素敵なお姉さんですね。当たり前だけど面影あり。


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posted by りぃ at 17:35| サンフランシスコ ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | J | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年08月12日

ジョニー・キャッシュ Johnny Cash (アメリカ) Vol. 2 バイオグラフィー


←ジョニーのベストアルバムなら絶対これ!私の大好きな、ジャクソン、アイウォークザライン、リングオブファイヤー、全て入っている!!!
エッセンシャル・ジョニー・キャッシュ


  • 1932年2月26日 ジョニー・キャッシュ、アーカンソーに生まれる。
  • 1942年2月26日 10歳の誕生日に生まれてはじめてのギターを貰う。
  • 1944年 ジョニーが12歳の時に、大好きだった兄のジャックがアルバイト中に工場機械の事故で死亡。 この兄の死は、後々までジョニーの人生に影響を与える。詩、曲を書き始める。
  • 1946年 14歳。この頃から音楽で生きていくことを心に決め、コンテストに応募したり、歌える機会があればどこででも歌わせてもらっていた。
  • 1950年  高校を卒業し自動車工場で働き始めるが、一ヶ月も続かず辞゚る。
  • 1950年7月7日 エアフォースに・烽オテキサスでトレーニングを受ける。この頃、最初の妻になるヴィヴィアンとデートを始める。無線傍受オペレーターとしてドイツに赴任。ヴィヴィアンには毎日手紙を書いていた。5人組でバンドを始める。
  • 1954年7月 エルビス・プレスリーのデビューシングルが録音され、サム・フィリップスのサンレコードからリリースされた。この頃ジョニーは訪問販売のセールスマンをして生計を立てていた。三人のバンドメンバーと知り合い、”ジョニー・キャッシュとテネシースリー(三人)”としてゴスペルの曲をパーティーなどで演奏する。この時のステージ衣装はいつも黒。
  • 1954年8月7日 ヴィヴィアンと結婚。
  • 1954年後半 サンでオーディションを受ける。フィリップにゴスペルは止めて、カントリーで行くように勧められる。フィリップをプロデューサーとして、Wide Open Road、You're My Babyを録音。(フィリップは1958年までジョニーのプロデューサー)
  • 1955年3月22日 ステージネームを、ジョンからジョニー・キャッシュに変える。リーガルネームはジョン・キャッシュなのだけど、これはエアフォースに入った時に改名された名前で、なんと生まれたときの出生証明書の名前は、J R Cash!これはミドルネームなしで、JとRの二つアルファベットだけがファーストネーム!!!名前がジェーアール!(笑)。うちの旦那(アメリカ人)曰く、この時代ではめずらしいことではなかったそう・・・へぇ〜、そうなんだ。ジョニーの場合は、夫婦で名づけでもめてそうなったとかいう説もある・・・
    この頃ビルボードの順位でプレスリーを抜きはじめる。もらった初の印税が2ドル41セントだったそうです。
  • 1955年5月24日 ヴィヴィアンとの間に長女誕生。
  • 1956年4月1日 ヴィヴィアンとの間に次女誕生。
  • 1956年4月2日 I walk the line.とGet Rhythm.の入ったシングルが2ミリオンセラーになる。
  • 1957年 There you go(1位 カントリー/ウェスタン)、B面Train of Love(7位 カントリー/ウェスタン)
  • 1957年7月29日 ヴィヴィアンとの間に三女誕生。
  • 1958年前半から半ば 若者のマーケットも捉える。Ballad of a Teenage Queen(10週間カントリー/ウェスタンで1位、B面Big River)。Guess Things Happen That Way B面 Com In Stranger。
  • 1958年夏 サンとの契約が満了して、コロンビアレコードへ移籍。家族をロサンゼルスの近くのベンチュラに引っ越させる。The Ways of a Women In Love B面 You're the Nearest Thing To Heavenがサンでの最後のシングルになる。
  • 1958年12月8日 コロンビアでのジョニーの最初のLPが、Top LPチャートの19位に踊りでる。
  • 1959年5月 コロンビアでの二枚目のアルバムリリース。これを録音するためにコロンビアに来たとの説明付き。ゴスペルなのだ。
  • 1960年1月1日 カリフォルニアの刑務所で初の無料コンサート。この後たくさんの無料コンサートを行う。
  • 1960年9月 Ride This Trainリリース。彼の初のコンセプトアルバム。ナレーション入り。
  • 1961年 初のハリウッドでのレコーディングセッション、Tennessee Flat Top BoxとThe Big Battle。The Big Battleは妻や家族との別れや、ドラッグやアルコール中毒をほのめかす内容で、世間にそういったイメージが浸透する。
  • 1961年8月25日 カーターファミリーがジョニーのツアーに参加している時に四女誕生。
  • 1962年夏 ナッシュビルに戻り、カーターファミリーとの初の録音。
  • 1962年/1963年 カーターファミリーとの活動。録音。フォークソングも多数。
  • 1963年3月25日 Ring Of Fireがリリース。7週連続で1位。
  • 1963年7月27日 Ring Of Fire(The Best of Johnny Cash)がLPトップチャートに。
  • 1964年1月11日ビルボードに新しいホットカントリーアルバムチャートが加わり、Ring Of Fireが1位に。14週続いてゴールドアルバムになる。
  • 1964年7月 再録音されたサンでのヒット曲の6曲を含むアルバムI Walk the Lineがリリース。4週連続で1位になって彼の二枚目のゴールドアルバムに。
  • 1964年 ジューン・カーターとのデュエットで、It Ain't Me Babeが4位になり、なんと22週間もチャート上に残る。
  • 1967年3月4日 ジューン・カーターとのデュエットで、Jacksonがチャートで2位。
  • 1968年1月13日 フォルサム刑務所(カリフォルニア)でのコンサートがコロンビアからリリース。
  • 1968年2月29日 ジューンとのデュエットJacksonがグラミー賞受賞。
  • 1968年3月1日 ジョニー、ついにジューン・カーターと結婚!!!!

ここまで書くの、つ、、、、疲れた〜。めでたく二人が結ばれたところで、このブログのテーマは、「あの人は今」なので、途中を飛ばします(苦笑)

          〜〜中略〜〜
  • 2003年5月15日 ジューン・カーター、心臓の手術からくる合併症で死去。
  • 2003年9月12日 最愛の妻の死から4ヵ月後、糖尿病からの合併症でジョニー死去。
こんな風に夫婦でいつまでも仲良く愛し合い、仕事のパートナーとしてもつきあえたら素敵でしょうね〜。
【ジョニーのアルバム】
アット・フォルサム・プリズン
アット・サン・クエンティン(ザ・コンプリート 1969年コンサート)

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posted by りぃ at 18:43| サンフランシスコ ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | J | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年08月11日

ジョニー・キャッシュ Johnny Cash (アメリカ) Vol. 1

このブログの記念すべき第一回目、一人目の”あの人”は、ジョニー・キャッシュです!いきなり故人ですみません。そう、ジョニー・キャッシュは2003年の9月に亡くネっています。それも最愛の妻が亡くなったほんの数ヶ月後に、まるで後を追うようにして・・・あぁぁ、本当にラブラブだった二人。
今頃なぜって感じですが、現在私はこのジョニー・キャッシュに滅茶苦茶はまっているので〜す。
私はアメリカのYahooのミュージックサービスを申し込んでいるんですが、月に数ドルで色々なミュージシャンの曲が好きなだけ聞けるのです。で、先日そのYahooミュージックの人気ランキングを見たらジョニー・キャッシュは8位でした!この人気度は加入しているユーザーからその曲がplayされた回数によるものなんです。すごいでしょ?もちろん、ヒラリー・ダフからブリトニーからマドンナから最新ヒット曲まで何でも聞けるサービスなので、ジョニー・キャッシュがアメリカ国民にいかに愛されているのか物語っていますよね。
正直な話、実はついこの間まで、私はジョニー・キャッシュのジョの字(どんな字や?)も知りませんでした。その存在すら。なんせ私が生まれる前から活躍していたお方なのですよ。でもね、曲を聞いたら聞き覚えのあるものがたくさん!低く渋い声で、すごく耳に残る声なんです。最近毎日のように聞いていたので、頭の中でその声とメロディが絶えずリピートしていてもう離れません(苦笑)。
ジョニー・キャッシュをご存知ない方の為に簡単に彼のバイオグラフィーを語ると、ジョニー・キャッシュはカントリーシンガーで、幼少の頃から歌い始め、数々のスーパーヒットを飛ばし、長期に麻薬の常習者として苦しみ、妻子がありながら別の女性(後に妻となるジューン・カーター)に何年も一途に恋焦がれて何回もプロポーズをして断られ、でも最後はジューンを勝ち取って再婚し、その後35年も添い遂げたのです。真実の愛!
誰でも知っている有名な曲ではRing Of Fireがあります。えっ、何それ?って思う方も聞いてみたら、あ〜これか!と思う曲です。
私がジョニー・キャッシュを知るきっかけになったのが、最近見た映画のWalk the line(邦題は「ウォーク・ザ・ライン 君につづく道 特別編」)なんです。

ウォーク・ザ・ライン 君につづく道 特別編映画は彼の人生を描いていて、実話に基づいて作られているんですが、もうすご〜〜く素敵!DVDをレンタルしてみたのだけど、見終わった後即DVD買いに走りました(笑)。
主演したホアキン・フェニックス(ジョニー役)が、うまい!歌もうまい!もうジョニー・キャッシュが完全に乗り移っていました。ジョニー・キャッシュはとても独特な歌い方、ギターの弾き方をするんですが、ホアキンはそれをうま〜く真似ていました。私も最近は毎朝Ring of FireとかI walk the lineとかを歌いながら、体をくねくねして彼の真似をして楽しんでいます(笑)。やらずにはいられなくなるんですよ、これがまた!

ジョニーは歴代のアメリカ大統領のほとんどと仲良しだった、というのは皆さんご存知ですか?特にジミー・カーターとはとても親しい間柄だったそうです。そしてどの大統領とも仲良しの彼が、唯一、ではなく唯二(←そんな言葉ないね、笑)嫌いで、お友達になってあげなかったのがクリントンとブッシュなんだそうです。理由は不明ですが、二人ともジョニーの好みではなかったのですね(笑)。何となく判る気もしますが・・・でもそういう国のリーダーと友達でいて、決してどこの政党も支持せず、中立していたそうです。かっこいいなぁ〜。
私なりにまとめた、ジョニー・キャッシュの詳細のバイオグラフィーはこちら。


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